正月の楽しみといえば色々とあるが、まずは無難なところで福袋というのがある。
だが安いのは安いだけだし、高いのを買ったところで、たくさんのゴミが増えるようなもの。過去にそれほど良い思いをしたことがないからか、最近ではすっかり買わなくなってしまった。
しかし今回、買おうと心に決めたのは元日に見た初夢だった。
なぜか福袋を買う夢で、何が入っていたのかは忘れてしまったがちょっといい物が入っていて得をしたような、そんな夢だったのだ。
けれども2日は友人と午前中から横浜で映画を観る約束をしていて、現実としては福袋どころではなかった。
案の定、その日は映画を観てから食事をしたので、地元の駅に帰り着いたのは午後二時近くになっていた。午前十時開店の駅ビルの店の福袋なんか、とっくに売り切れている時間帯だ。それでもぶらりと立ち寄ったのは、もしかしたらという思いがあったからだ。
五階をぶらぶらと奥まったところまで歩いてみて、ちょうどヒトケがなく薄暗い洋服屋に眼を留めて、まだ福袋が一つ残っていることに気づいた。よほど人気がない店なんだなと思いつつ、福袋を上から触ってみる。何やらふわふわしたモノと硬い鉄の棒のようなものがガサゴソと音を立てた。
服と雑貨の四点セットというから、色々な種類のものが入っているんだろう。値札に330円と書いてあるのを見て、一瞬、0を一つ付け忘れたのではないかと思ったが、後ろの貼紙にデカデカと「まさかの330円」と書いてあるので間違いではないのだろう。330円ではたいしたものは入っていないだろうが、たとえそうでも諦めがつく値段だ。
これ一つ買うのではなんだからと思って、買いたいと思っていた靴下を一足つけたし、レジへと持っていく。まさか、この時間帯で福袋が買えるとは思わなかった。たとえ330円だろうが、何が入っているのかワクワクした。
家に帰ってくるなり、福袋を開けた。中には紺色を主体としたチェックのカットソーと白のブラウス、ライムグリーンのニットと、なぜか白いハンガーが三つ、一つに束ねられて入っていた。服だけならまだしも福袋にハンガーが入っているのは少しばかり妙だったが、あとの三点全部はそれほど安くささはなく、日常的に着られそうなものだったので、これで330円は大いに得かもしれず、やけに満足した気分だった。
せっかくなので、一つのハンガーに自分が着ている黒のコートを脱いでかけてみた。そして後の二つのハンガーには、福袋に入っていたカットソーとブラウスをかけてみる。
五年前に75%オフセールで買ったよれよれの黒のコートが、ハンガーにかけただけで、店で売られているみたいにピカピカになって新品といった感じになったのは不思議だった。
その様子を見て心の底から得をした気分になった。朝見た初夢のお陰だろう。今夜あたりも何かいい夢を見られそうな予感がする。
けれども朝起きてみて唖然とした。白いハンガーにかかっていた自分のコートとチェックのカットソーと白いブラウスがないのだ。しかもハンガーごとなくなっている。夕べ寝る前にその三つを眺めてから楽しい気分に浸って寝たにもかかわらずだ。
一晩で誰かが移動させたのだろうか。いやいや。わざわざそんなことをする人はいないはずだ。なにせひとり暮らしなのだ。昨日は誰も来なかったし誰も泊っていかなかった。たとえ誰かがここに来たとしてもハンガーにかかった服をハンガーごと持って行かないだろう。
まさか昨日の出来事こそ夢だったのではと思ってみたが、ハンガーにかけなかったライムグリーンのニットと、福袋と一緒に買った靴下はちゃんとある。ハンガーにかかっていたのだけが忽然と姿を消しているのだ。
結局、正月休みの残りはそれを探しているうちに終ってしまった。
あの後、すぐに駅ビルの五階の洋服屋に確かめに行ったのだが、店舗はなぜか見つからなかった。痕跡すらもなくなっていた。
あれはいったいなんだったんだろう、と月日が経つたびにそう思う。果たして330円の福袋で得したのか損したのか、それすらもわからなくなってしまった。

とある駅ビルの五階の奥まった場所の洋服屋の初売りには、売れ残った福袋が一つ置いてある。そこには「まさかの330円」と書いてあって、手に取ってくれる人を待ちわびていた。
中身はきっと、三つに束ねられた白いハンガーと、三点の品物、黒のコート、紺を主体としたチェックのカットソー、白いブラウス。
やがてひとりのお客がその品物に目を留めて──                       


                                            

                                                        完