ワンナイト・ストーリー

勝手に小説を書いています。

カテゴリ: 雨宿り


ばっどさんのお誘いを受けての、怖いお話です。
これは私が初めて書いた小説で、いわば処女作といえるものです。
このころワープロで書いていたので、そのワープロが壊れると同時にこの作品も、消えていく運命だったのですが、最近、その壊れていたワープロの電気が突如、点きまして(あ、もしかしたら、これも怖い話のうちに入るかもしれない)、大急ぎでフロッピーから取り出した代物です。
なんか、この企画のために?ワープロが甦ってくれたような感じで、うれしいかぎりです。
この企画を立ててくれた、ばっどさんにあらためて御礼申し上げます。
あっ、でも、私の執筆があんまり遅いので、企画自体がすでに終わっているかもしれないけれど(笑)

この作品、ひとことで言うならば、ちょっと、お利口っぽい(爆)
このころ凝っていた、幻想、耽美(爆)を身にまとって、ひたすら自己満足の世界に突入~といった感じがありありです。
この作品は、ミステリーもまとっています。
じつは私は最後にあっといわせるの、好きなんですよ。
いちおう、これでも本格ミステリを目指していたもので(笑)、ついそういうくせが出てしまうんです。
ま、最後でなるほど、そうだったのかと思っていただければ、しめたものなんですが。
あ、でもいま読んでみると、どうも欠点が眼について、あうあうという感じですね、情けないことに。

改稿するにあたって、超短篇にしようと思っていたんですが、やはり長くなってしまいました(笑)
これでもほとんど、ぶった切って短くしたんですけれどね。
と、いうわけで、あーさんの真似をして前・後篇になります(そういうことで、あーさん。よろしくです)
あまり進んで読めとはいえない代物ですけれど(爆)、暇な方で、どれどれ読んでやろうという奇特な方がいたら、ぜひとも読んでやってください。
私の作品ではめずらしく、セリフで始まってセリフで終わったりしますんで、へっへっ(と、なぜか開き直った笑い)
本編は今日一日寝かせてから、最終チェックをして明日、投稿します。
自分で言うのもなんだけど、こういうとこ、けっこう慎重だな、私は(笑)



「──雨……?」
高橋正介は頬を撫でてから空をあおぎみた。
夜空にはいつのまにか、厚くたれこめた闇色の雲が一面をおおっていた。
ほんの少しまえまでは、あれほど星ぼしが輝いていたのにもかかわらずである。
小降りていどだった雨は、次第に強さを増してきて、すぐにも本降りになった。
正介はあわてて近くの常緑樹の下に駆けこんだ。
それと同時に、天候はめまぐるしく急変した。
雨は風をふくんで、木の下で雨宿りをしている正介にも容赦なく吹きつける。
まだ12月初旬といっても、夜になると刺すような寒さだ。
加えて雨風がふきつけているのだから、このままではずぶ濡れになって風邪でもひいてしまいそうな具合である。
正介は、外れそうになった焦げ茶色のマフラーを首に巻きつけて、ここよりましな雨宿りのできそうな場所を眼で探した。
が、辺りは人家もみあたらないばかりか、電灯さえもろくについていない山道で、それらしきものは皆無であった。
それでも山の頂上になにやら建物のようなものをみつけて、正介は眼を細めた。
どうやら寺のようである。
だが、頂上までつづく石段は拷問のように長く、この雨のなかを走っていくのもためらわれたるほどだった。
ふたたび視線をさまよわせて、辺りを物色しようとしたちょうどそのとき、五十メートル先でいきなり鈍い光を放って、電灯がついた。
まるでこちらに気づいてくれといわんばかりのタイミングのよさだった。
電灯の光に照らしだされたのは、木々に隠れたように建っている一軒家だった。
正介は土砂降りのなかを、そこを目指して一気に駆けた。
だが、家を近くで目にしたとたん、正介は自分がついていないことに気づかされた。
家自体がかなり朽ち果てているばかりか、無断で入られないように、ドアと窓の部分に板で釘がうちつけてあったからだ。
おそらくは廃屋なのだろう。
正介は吐息を吐くと、しかたなく玄関先にたたずんだ。
雨は相も変わらず、風をともなって叩きつけてくる。
それでも木の下で雨宿りをしていよりは数段いいはずだと、自分にいいきかせながら、正介は夜空から落ちてくる雨をうらめしそうにみつめた。
と、そのとき。
雨音にまじって、ふいに廃屋の裏のほうから、ゴトンという、何かが落ちる音が響いてきた。
しばらく耳を澄ませていると、なにやら怪しげな、がさがさという音も耳に入ってくる。
「なんだろう。野良猫かな?」
正介は好奇心に急かされたように、軒づたいに裏へと回り込んだ。
そこには物置とおぼしき、五メートル四方の木造の掘っ立て小屋が建っていた。
どうやら物音はそこから聞こえてくるようである。
雨に濡れるのもかまわず、正介はその小屋におそるおそる近づいた。
小屋は、さきほどの物音などなにもなかったかのように、うってかわって静まりかえっている。
ただ雨の落ちる音だけが、あたりを支配しているようだった。
正介は戸に手をかけた。
が、しばらくそのままの姿勢で、開けようかどうか、ためらった。
なんともいえない嫌な感じが、頭のなかでうずまいていたからである。
それでも正介は戸を横にひいて、ゆっくりと開けてみた。
結局、嫌な予感よりも、好奇心のほうが打ち勝ったのだ。
戸は少しきしみながらも、人が入れるほどには開いたが、案の定、なかは真っ暗闇でなにもみえなかった。
だが、みつめているうちに、突如として白いものが浮かんできたので、正介はおどろいて後ずさった。
「うわっ」
けれど、次第に眼が慣れてきだすと、それが人の顔だということに気づいて、思わず眼をしばたたかせた。
うっすらと射しこむ電灯の光にうつされて、そこには人がいた。
顔貌はおそろしいまでに蒼白で、とてもこの世のものとは思えない美しさだった。
その人物は眼をとじ、耳を澄まし、こちらの様子をうかがっている。
(眼が、不自由なのか?)
とっさに正介はそう思った。
「どなたです?」
蒼白な顔貌の主は、突然、身構えた。
「すみません。まさか、人がいるとは思っていなくて」
正介は戸惑いながらもそう応えた。
「べつにあやまることはありません。僕はここの持ち主ではありませんから」
その人物は凛とした口調で、蒼白な頬を笑ませると、つづけた。
「それにしてもすごい雨ですね。急に降りだしてきておどろきました。あなたも雨宿りでしょう? じつは僕もなんですよ。早くこちらに入ったほうがいいですよ。いつまでもそこにいては濡れます」
それで正介は自分が濡れ鼠になっていることに気づき、あわててなかに入って戸をしめた。
とたんに小屋は漆黒の闇にとざされた。
しばらく正介はそこにたちつくして、闇に眼が慣れるのをまった。
だんだん手前に白い顔がぼーっと浮かんでくる。
顔は雪のような色合いで、あたりの闇から完全に浮きだしてみえた。
眼が慣れるにしたがって、相手の容貌が落ちついてみてとることができ、正介はそれに乗じてしばらく様子を観察した。
おそらくは正介よりは若い。
といっても正介は今年の秋で二十八歳になったばかりなので、若くても二、三歳下くらいだろう。
男性というよりは女性といったほうがいい華奢な外見は、繊細さを漂わせている。
が、華奢とひとことでいいつくせない何かほ持っているのも確かだった。
それは確固たる信念をもった人間だけが備えている威厳のようなものでもあった。
「もう、眼が慣れたでしょう? そろそろ僕の隣に座りませんか? 僕の検分も終わったようだし」
「えっ」
正介はおどろいて青年をみた。
青年は相変わらず眼をつぶったまま、しずかに頬笑んでいた。
「じゃあ、遠慮なく」
少々バツが悪くなりながらも、正介は青年の隣に腰をおろした。
「お名前は?」
座るとまもなく、青年が訊いた。
「高橋正介といいます」
「高橋……さん」
「あなたは?」
正介は逆に青年に訊き返した。
けれども、青年はそれには応えずに、とつぜん正介の顔に手を這わせた。
正介はその冷たい手の感触に、身をゾクリとさせた。
「あ、すみません。僕もちょっとあなたの人となりを検分させていただこうと思いまして」
青年は丁寧に詫びをを入れてから、ふたたび氷のような冷たい手を這わせてきた。
手は正介の頬から鼻に撫でるようにゆっくりと移り、唇へと移動した。
照れくさいような、くすぐったいようななんともいえない気分に陥り、正介は頬を火照らせた。
しばらくのあいだそれは続いていたが、ふいに青年は納得したようにうなずくと、手を離して身を整えた。
ふたりはそのまま沈黙に身をまかせていた。
外の土砂降りの音と、小屋の隙間に吹く風の音だけがあたりに響きわたっていた。
そのあいだ、どのくらい時が過ぎたのかは正介にもさだかではなかった。
あっというまだったともいえるし、ずいぶん長い間だったともいえた。
沈黙を最初に破ったのは、青年のほうだった。
「じつはあなたにひとつだけお願いがあるのですが」
正介は青年を凝視した。
いきなりの申し出に、なんとなく雰囲気的に引き受けがたいものものがあったが、結局、正介はうなずいた。
「私にできることなら」
青年はほっとしたように唇を笑ませると、閉じてる眼を宙にさまよわせた。
「僕は遠いところからはるばるここまでやってきました。途中いろいろと困難がありましたが、なんとかここまでやってこられたのです。だけど、あと一歩のところまで来たのにもかかわらず、ここで足止めを食らわされるはめになってしまった。僕は眼が不自由で思うように行動ができない。けれど、栄蒼寺に行くには、あの長い石段を登らなくてはならない」
「えいそうじ?」
正介は首をかしげた。
「このすぐ近くにある寺です」
青年はつぶったままの眼を、正介のほうにもどした。





            (後篇 http://blogs.yahoo.co.jp/fujinakakiyoumi/40056567.htmlにつづく)



正介はとっさに、さきほど雨宿りをする場所を物色していたときにみた山頂の寺と、そこへつづく長い石段を思いだした。
「僕はおそらく、あの石段は登れない。だからあなたさえよかったら、明日、僕をあの寺まで連れていってくださいませんか? あなたの足手まといになるのは重々承知ですけれど」
じつは正介はどんな難しいことを頼まれるのかと、内心、気が気ではなかった。
けれど思っていたよりも簡単な頼みだったので安堵した。
つまるところ、彼の手を引いて石段を登り、寺まで連れていけばいいのである。
「いいですよ。それならおやすいご用です」
「すみません。無理をいって」
青年は頭を下げた。
「いいえ。そんなに頭を下げてもらうことではないです」
青年はそれでもまた、すみませんと丁寧におじぎをした。
外はまだ雨が怒涛のごとく降っていて、小降りになる様子などまるでなかった。
このまま、明け方まで、雨は降りつづけそうな気配である。
それでなくとも十二月も七日をすぎて、暦の上では冬の真っ只中。
隙間だらけの小屋は、雨まじりの風か入りこんできて、いるだけで寒々しい。
「冷えますね」
青年は寒そうに自分の体を抱きしめた。
蒼白な顔をいっそう白くさせて震えている。
正介は思わず、つけていた焦げ茶色のマフラーを外して、青年の首に巻いてやった。
「ありがとう」
青年は整った顔をはにかませた。
そのとき、外で何かが光った。
正介には瞬きする間もなかった。
次の瞬間、まるでとどめを刺すかのような、はげしい音を立てて大地が地響きをおこした。
「わっ!」
突然の雷に、正介はとっさに青年に抱きついた。
だが、その体に触れたとたん、正介は驚愕をかくせなかった。
まるで凍っているかのようだった。
正介はとっさに青年の顔をまじまじとみつめた。
「大丈夫ですよ」
青年はさきほどとなんら変わることがない微笑をたたえて、平然とした態度でいった。
が、そのとき、ふたたび稲妻が光った。
一瞬の光に照らされて、目の前に映された顔──
それは青年ではない顔だった。
いま暗闇に浮かんでいるのは、正介の知らない貌──
その貌を間近にみつめて、正介は叫びだしたい衝動にかられた。
おそらく彼が目の前にいなかったら、そうしていたかもしれない。
だが、とっさのところで正介は叫びをのみこんだ。
その貌は青年のものだったが、なにかが決定的に違っていた。
正介はいまみたものが信じられずに眼をしばたたかせた。
それはたしかに奇妙なことだった。
なぜなら、正介がみた貌というのが、まかりまちがっても普通の顔ではなかったからだ。
それは死んだ人間の顔だった。
いや、死んだというより、この世のものでない貌。
神々しいまでのその顔貌。
正介は暗闇のなかで、青年の顔をじっとみつめた。
だが、すでに青年の顔は、さきほどとなんら変わることのない元の顔に戻っていて、その片鱗すらもみいだすことができなかった。
ただ額に、うっすらと汗がにじんでいるだけであった。
「やみませんね、雨」
青年はとっさに口をきる。
「ええ」
正介は青年からあわてて離れた。
「このままだと、今夜いっぱいここで過ごさなくてはだめですね」
「ええ」
上の空といった感じで、正介はうなずいた。
「いいですよ。高橋さん。眠っていても。僕は起きてますから」
「ええ……」
「高橋さん。さっきから、ええばかりですね」
「えっ、いや」
正介はあわてて首をふった。
青年はくすり笑うと、次の瞬間、口許を引きしめて、いった。
「あなたがいまみているものは、真実でもあり、虚妄でもある。だけどね、高橋さん。どちらを信ずるにせよ、僕はひとりしかいない」
正介は思わず青年を凝視した。
「あなたは……」
「僕はようやくここまで来られた眼の不自由なものです」
青年は笑うとつづけた。
「そして、たぶん、夜が明けたら、安住の地に辿りつくことができる」
「………」
「僕の永年の望みです」
雨は一晩中続くかのようだった。
だがそれも、夜が深くなるにつれて弱くなってきているのが、正介の耳にも明らかだった。
雷の音はいつのまにか遠ざかったらしく、いまでは弱々しい稲妻が名残惜しそうに光るだけである。
そのうち雨も涸れ果てて、夜明けちかくには晴れわたるだろう。
それにしても眠かった。
さきほどまでの緊迫感が解けていくようだった。
正介は意識が朦朧とするなか、懸命におきようともがいた。
が、それも次第に抵抗できなくなっている自分を感じた。
「寝ましたか?」
明け方ちかくになって青年がそう囁いたのを聞いた。
が、それきり正介の意識は途絶えた。
深い眠りに就いたのである。

鳥のさえずりで眼を覚ました。
薄暗い小屋の隙間から、朝の光が射しこんでいる。
がらんどうの辺りは少々ほこりっぽく、独特の嫌な匂いがした。
薄明かりに照らされた隅には、蜘蛛の巣が幾重にもたれさがっているみてとれた。
正介はほこりっぽさに咳きこみながら、新鮮な空気を求めて戸をあけた。
まぶしい朝の光が存分に射してきて、正介は思わず眼をほそめた。
そのとたん、正介の脳裏には昨夜のことの一部始終が駆けめぐった。
あわてて小屋を振りかえってみたが、そこには青年はもとより、誰もいるはずがない。
(あれは、すべて……夢?)
(自分が創りだした夢だったのか?)
が、ちょうどそのとき。
一条の陽の光が小屋の片隅を照らしだした。
正介ははっとして、その光がうつしだしたものを注視した。
それは陽の光に照らされなければ、永遠にだれも気づかないであろう、ところにあった。
おそらくは正介でさえも、光が射さなければ、気づかずにここを後にしただろう。
それは黒くて鈍い光を放つ、仏像だった。
手には蓮の花を持って、眼は閉じられていた格好で蓮華座に乗っていた。
蓮華座を入れても、背丈はだいたい一メートルくらいだろうか。
仏像が陽の光につつまれて、まるで正介を見据えるように立っていた。
その顔だちはまさしく観世音菩薩そのものだった。
だが、正介が驚いたのは、それだけではない。
立像の首に、なぜか正介のマフラーが巻いてあったのだ。
昨夜、盲目の青年の首にかけてやった、焦げ茶色のマフラーだった。
「あなたは……」
正介は近づいて、立像にさわってみた。
感触はとても冷たくて、まるで昨夜の青年そのものだった。
黒光りをしている観世音菩薩の顔には、昨夜の青年の面影があった。
そして、稲妻の光でみいだしたときの神々しい貌もそこにあった。
「あなた……だったんですね」
眼を閉じた観世音菩薩は、心なしか一瞬、頬笑んだような気がした。
おそらくこの立像は、もともとは栄蒼寺という寺のものなのだろう。
それがその昔、なんらかの理由で、寺が手放したとみえる。
だが、当の観世音菩薩像はちゃんと戻ってきた。
文字通り永い年月をかけて。
不思議な縁というしかなかった。
正介は観世音菩薩像に笑いかけると、ゆっくりと口をきった。
「行きましょうか」



                                             (了)


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